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神戸地方裁判所 平成7年(ワ)41号 判決

原告

二木雄策

ほか一名

被告

留山玲子

主文

一  被告は、原告らそれぞれに対し、各金一五六三万一九〇九円及びこれに対する平成五年一月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを四分し、その三を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告らそれぞれに対し、各金六六四八万一七一一円及びこれに対する平成五年一月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、後記交通事故(以下「本件事故」という。)により死亡した訴外二木外朋子(以下「亡外朋子」という。)の相続人である原告らが、被告に対し、民法七〇九条に基づき、損害賠償を求める事案である。

なお、付帯請求は、本件事故の発生した日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金である。

二  争いのない事実

1  交通事故の発生

(一) 発生日時 平成五年一月一二日午後八時二〇分ころ

(二) 発生場所 大阪府堺氏常磐町二丁一〇八番地先交差点(以下「本件交差点」という。)

(三) 事故態様 亡外朋子は、自転車に乗つて、青色信号に従い、本件交差点を東から西へ横断しようとしていた。

その時、被告が運転する普通貨物自動車(和泉四一そ六四五八)が、赤色信号を無視して、本件交差点を北から南へ直進しようとし、亡外朋子運転の自転車に衝突した。

(四) 事故の結果 亡外朋子は、本件事故による脳挫傷のため、平成五年一月一六日午後一時四九分、死亡した。

2  責任原因

本件事故に関し、被告には、赤色信号無視、前方不注視の過失があるから、民法七〇九条により、被告は、亡外朋子及び原告らに生じた損害を賠償する責任がある。

3  相続

亡外朋子の相続人は父母である原告らであり、法定相続分は各二分の一である。

三  争点

本件の主要な争点は、亡外朋子及び原告らに生じた損害額である。

四  争点(特に逸失利益の算定方法)に関する原告の主張

本件において、亡外朋子の死亡による逸失利益を算定するにあたつては、統計上得られる大学卒、男子労働者及び女子労働者の単純平均値が用いられるべきである。

まず、男女雇用機会均等法が施行されて七年余りを経過した今日、女性であることだけで根拠として、現在の賃金センサスに現れている男女間賃金格差を被害者の将来所得の算出にそのまま反映させるという方法は、論理的に誤つているばかりか、法の下の平等をうたつた憲法の精神にももとるものである。

次に、従前の裁判実務においては、賃金センサス記載の平均額がそのまま用いられているようであるが、右平均額は、労働者構成比をウエートとした加重平均であり、将来にわたつて働き続けたであろう亡外朋子個人の損害を算定するには、適当でない。

第三争点に対する判断

争点に関し、原告らは、別表の請求額欄記載のとおり主張する。

これに対し、当裁判所は、次に述べるとおり、別表の認容額欄記載の金額を、亡外朋子及び原告らに生じた損害額と認める。

一  損害

1  亡外朋子の入退院に伴う交通費・通信費・雑費等

(一) 次の証拠により、以下の合計金一八万二九一五円を認める。

(1) 甲第二八号証の一ないし二九により、タクシー代金九万〇五六〇円

(2) 甲第二九号証により、寝台車代金一万八〇〇〇円

(3) 甲第三〇号証の一ないし八により、入院雑費金二万一〇〇九円

(4) 甲第三二号証の一ないし六により、通信費金四万三七四六円

(5) 甲第三三号証の一及び二により、文書料金九六〇〇円

(二) 原告らの主張するその余の金額は、甲第二四号証によると、入院時の食費、JR交通費、法事関係費、その他であるが、このうち領収書等の存在する入院時の食費、法事関係費の一部、その他の一部は、本件事故との相当因果関係のある損害とは直ちに認めることができず、その余の部分は、これを認めるに足りる証拠がない。

2  死亡に伴う逸失利益

(一) 当裁判所は、未就労者の逸失利益を算定するに当たつては、原則として、いわゆる初任給固定方式を採用するのが相当であると解する。

その理由は次のとおりである。

未就労者の逸失利益を算定するに当たつては、その職業、収入、余命など、将来の不確定要素を秘めた事項についてあえてそれを予測して将来の収入を推計する必要がある。

また、不法行為による損害賠償請求において、損害賠償請求をする当事者に、損害額の立証責任(ある要件事実が存否不明の場合に、その事実を要件とした有利な法律効果の発生が認められないことになるという不利益)があることはいうまでもない。

したがつて、右不確定要素については、裁判所に顕著な諸種の統計表及び当事者から証拠として提出された資料に基づき、経験則と良識とを活用して、できる限り客観性のある額を算定すべきであつて、一概に算定不可能としてこれを否定することの許されないことは言うまでもないが、個々具体的な事件において、右のような考慮を払つてもなお存否不明の状態におちいつた場合には、これによる不利益は立証責任を有する当事者が負うべきであつて、これを一般的な統計資料又は確率論に基づく推測に解消すべきではないことも明らかである。

なお、この問題については、全年齢平均収入(原告のいう単純平均値ではなく、賃金センサス記載の加重平均値)を採用するいわゆる東京地裁方式と、固定された初任給を採用するいわゆる大阪地裁方式とが実務の大勢であり、他にも各種の方式があることは当裁判所に顕著である。そして、これらの方式は、その一個のみが論理的に正しく、他は誤つているという関係に立つものではなく、それぞれ独立した裁判所(官署としての裁判所ではなく、裁判機関としての裁判所)が、個々具体的な事件の解決に当たり、右に述べた観点から不合理が生じないように良心にしたがつて取捨選択すべきであるというべきである。

また、右に述べた不合理の有無の判断に当たつては、単に収入の基礎となる金額の選定だけではなく、中間利息の控除方法、稼働可能期間、生活費控除の割合等をも総合的に考慮すべきである。

そして、本件においては、当裁判所は、次に述べる金額を超える心証を得ることはできず、結果として、いわゆる初任給固定方式を採用したものである。

(二) 甲第二号証、第六号証、第一六号証、第二〇号証、検甲第一ないし第三号証、原告二木啓子の本人尋問の結果によると、亡外朋子は、死亡時、満一九歳であり、大阪市立大学生活科学部生活環境学科二回生に在学中であつたこと、将来、一級建築士になる希望を有していたこと、亡外朋子の父母である原告らがいずれも大学院に進学していたこともあつて、亡外朋子も大学院に進学することも視野に入つていたこと、亡外朋子の同性の同級生の多くは、平成七年四月には就職し、男性とそれほど変わらない収入をあげていること、亡外朋子は友人からの人望に厚く、現在でも、原告らは亡外朋子の同級生等との関係を保つていることが認められる。

そして、右認定事実及び右に述べた観点から本件を検討すると、当裁判所は、亡外朋子は、大学を卒業する満二二歳から満六七歳までの間は、一年間につき、少なくとも、賃金センサス平成六年第一巻第一表(平成五年調査分)の産業計、企業規模計、男子労働者、旧大・新大卒、二〇~二四歳に記載された金額(これが年間金三二二万七一〇〇円であることは当裁判所に顕著である。)と、同表の産業計、企業規模計、女子労働者、旧大・新大卒、二〇~二四歳に記載された金額(これが年間金三〇四万三六〇〇円であることは当裁判所に顕著である。)との単純平均値である金三一三万五三五〇円を得る蓋然性が高いとの心証を得ることができたものの、本件にあらわれた全証拠によつても、これを超えて、より高額の金額を得る、又は、これを超える期間にわたつて収入を得るとの心証を得ることができなかつた。

また、同様に、生活費控除としては、少なくとも収入の四〇パーセントは必要である蓋然性が高いという心証を得ることができたものの、これを下回る生活費で足りるとの心証を得ることはできなかつた。

したがつて、本件事故時における現価を求めるため、中間利息の控除につき新ホフマン方式によると(三年の新ホフマン係数は二・七三一〇、四八年の新ホフマン係数は二四・一二六三)、亡外朋子の死亡による逸失利益は、次の計算式より、金四〇二四万九〇五二円となる(円未満切捨て。以下同様。)。

計算式 3,135,350×(1-0.4)×(24.1263-2.7310)=40,249,052

3  慰謝料

当事者間に争いのない本件事故の態様、亡外朋子の傷害の部位、程度、死亡までの期間、同人の年齢、職業、原告二木啓子の本人尋問の結果により認められる原告らの受けた精神的損害、その他本件に現れた一切の事情を斟酌すると、本件事故により亡外朋子及び原告らの受けた精神的損害を慰謝するには、合計金二二〇〇万円をもつてするのが相当であると認められる。

4  葬儀費用等

亡外朋子の年齢、職業に照らすと、本件事故と相当因果関係のある葬儀費用等を金一〇〇万円とするのが相当である。

5  小計

1ないし4の合計は、金六三四三万一九六七円である。

二  損害の填補

1  原告らに対して、次の金員が支払われたことは当事者間に争いがない。

(一) 被告から原告らへ預けられた諸経費金四二〇万円

(二) 文部省共済組合神戸大学支部から給付された金四九万七〇〇〇円

(三) 自動車損害賠償責任保険からの給付金三〇〇〇万円

2  ところで、1(三)記載の金三〇〇〇万円が、平成六年一一月一四日に支払われたことは当事者間に争いがなく、原告らは、このうちの一部を、本件事故日である平成五年一月一二日から右受領日まで(六七二日間)の年五分の割合による遅延損害金に充当した旨主張する。

そして、六七二日間に対する年五分の割合は、次の計算式により、九・二〇五四七九パーセントとなるところ、原告の主張は、金三〇〇〇万円を一・〇九二〇五四七九で除した金二七四七万一一四九円を元金に、その余を遅延損害金に充当する趣旨であると解され、これは、民法四九一条一項により理由があるから、右元金記載の範囲で損害の填補があつたものとする。

計算式 5×672÷365=9.205479

3  したがつて、原告らの損害から控除されるべき金額は、1の(一)及び(二)並びに2の合計金三二一六万八一四九円であり、右控除後の金額は、金三一二六万三八一八円となる。

三  相続

前記のとおり、亡外朋子の相続人は原告両名であり、原告らは亡外朋子の損害の二分の一ずつを相続した。

したがつて、原告らが被告に請求することのできる金額は、各一五六三万一九〇九円である。

第四結論

よつて、原告らの請求は、主文第一項記載の限度で理由があるからこの範囲で認容し、その余は理由がないからいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 横田勝年 永吉孝夫 小田島靖人)

別表

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